無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

日本製ライカマウントレンズリスト

日本製の39mmスクリューマウントレンズ - 2014.02.15


 日本程、多様なライカマウントレンズが作られた国はドイツ以外にありません。日本は戦前1935年の国連脱退以降、1952年のサンフランシスコ講和条約発効まで国内消費分については著作権を守る必要がなかったようで、あらゆるものをコピーしていました。しかしライカのスクリューマウントL39はフリーだったので、単にライカマウントのレンズを作るということに関してはこのことと直接の関係はありません。しかしあらゆるもの、レンズの設計までコピーできるということであれば、精神面で楽だったのは確かかもしれません。

 早速1930年代半ばにキャノンがライカコピーの製造に着手しましたが、この作業が非常に困難だったのはよく知られています。ニコンの援助も受けようやく完成したのが現在「ハンザ・キャノン」と言われている国産ライカ一号機です。ニコンは日本帝国軍の御用達として光学機器を納入していましたからすでに力のある企業で、当時キャノンに入社した社員もニコンからの移籍が多かったので、ライカコピーを製造する為のある程度の土台がすでにあったということは言えると思います。

 おそらくその次にライカコピーを製造したのは、国立理化学研究所が開発した感光紙を製造するために設立されたリコーで、1939年の「護国」でした。これも開発が難航したとされ、これ以降のリコーの多くのカメラは外注生産になっています。護国 Gokokuに付けられていたレンズはその名もゴコクアナスチグマット Gokoku Anastigmat 50mm f4.5でこれはおそらく1936年発売のスーパーオリンピックC型 D型に付けられていたウーカスアナスチグマット Ukas Anastigmat 50mm f4.5と同じものだろうと思います。トリプレット型でした。ハンザ・キャノンにはニッコール Nikkor 50mm f3.5 テッサー型が付いていましたが、設計師の砂山角野はこの時に50mm f4.5も開発したと言われていますので、その供給を受けたとすればこれはニッコールだろうと思います。このリコーの挑戦は光学が専門ではない会社がライカカメラコピーの製造に取り組んだ最初のものかもしれません。

 そして戦後の復興期には、様々な新興の企業がライカのコピーを含めあらゆるカメラの製造の参入に乗り出しました。これはカメラが精密機械であることを考えれば勇気のあったことだと言えますが、それにしても勇気のある人が多過ぎたような気がしないでもありません。メーカーの数はおそらくドイツより多く、互いに連携したりその中でも独自性があったりと多種多様なのはドイツと同じです。この内、ここではライカマウントに限定してリストしてみることにいたします。4桁の数字は発売年を示しています。

Nikon ニコン/日本光学工業

 旧大日本帝国海軍御用達の光学会社です(今でもいっぱい海に沈んでいるのでしょう)。非常に重厚な表現で格調高く、その描写は現代に至るまで多くの巨匠を引きつけてきました。レンズそのものの重みと同様、描かれた画にも厚みがあり、ニコンのレンズ群はそれによって撮影されてきた傑作と共に様々な伝説に彩られています。

W Nikkor C 25/4.0 1953 4群4枚トポゴン型
W Nikkor C 28/3.5 ガウス型
W Nikkor C 35/3.5 1948 テッサー型
W Nikkor 35/2.5 1952
W Nikkor C 35/1.8 1956/09 5群7枚変形クセノター型
Nikkor QC 50/3.5 1945 テッサー型 沈胴と固定がある
Micro Nikkor 50/3.5 4群5枚
Nikkor H 50/2.0 1935-48
Nikkor HC 50/2.0 1946 3群6枚ゾナー型
Nikkor SC 50/1.5 1949 3群7枚ゾナーのデッドコピー
Nikkor SC 50/1.4 f1.5の改良 3群7枚ゾナー型
Nikkor N 50/1.1 1956/02 6群9枚
Nikkor PC 85/2.0 1948
Nikkor T 105/4.0 トリプレット スペックがライカ エルマー 105mm f6.3に近く、山のような形状であることと登山に携帯するに軽量で使い勝手が良いことでマウンテンエルマーと呼ばれていることにちなんで別名「マウンテンニッコール」と呼ばれています。ライカマウントは極めて少数です。
Nikkor PC 105/2.5 3群5枚
Nikkor 135/4.0 1947 3群4枚
Nikkor 135/3.5 3群4枚


Canon キヤノン/精機光学研究所

 創業者の吉田五郎がライカのコピーを制作し、量産化するために設立した会社です。多くの問題を克服できず、最終的にニコンの協力で完成に至ったのが「ハンザ・キャノン」です。この進取の気性は一眼レフを導入する時にも発揮され現代に至るまでの繁栄の道を拓きました。

Canon 19/3.5 1964/08 7群9枚レトロフォーカス型
Canon 25/3.5 1956/12 3群5枚変形トポゴン型
Serenar/Canon 28/3.5 1951/10 ガウス型
Canon 28/2.8 1957/06 ガウス型
Serenar 35/3.5 1950/03 テッサー型
Canon 35/3.5 1957 ガウス型
Serenar 35/3.2 1951/06 ガウス型
Serenar/Canon 35/2.8 1951/10 ガウス型
Canon 35/2.0 1962/04 4群7枚
Canon 35/1.8 1957/05 4群7枚
Canon 35/1.5 1958/08 4群8枚
Serenar 50/4.0 1947/03 テッサー型 距離計連動せず
Serenar/Canon 50/3.5 1952/08 テッサー型
Canon 50/2.8 1955/01 テッサー型
Canon 50/2.2 1961/01 4群5枚
Serenar 50/2.0 1947/02 ガウス型
Serenar 50/1.9 1949/01 ガウス型
Serenar/Canon 50/1.8 1951/11 大口径ガウスの宿命であった開放時のフレアを克服したことで設計師の伊藤宏が紫綬褒章を受章
Serenar/Canon 50/1.5 1952/11 3群7枚ゾナー型
Canon 50/1.4 1957/11 ガウス型
Canon 50/1.2 1956/09 5群7枚
Serenar 85/2.0 1948/01 ガウス型
Serenar/Canon 85/1.9 ガウス型
Canon 85/1.8 1961/03 4群5枚
Serenar/Canon 85/1.5 1952/06 4群7枚ガウス型 Canonに変更された時、鏡胴も変更
Serenar 100/4.0 1948/01 トリプレット型
Serenar/Canon 100/3.5 1953/02 4群5枚
Canon 100/2.0 1952 ガウス型
Serenar 135/4.0 1948/03 3群4枚
Serenar 135/3.5 1953/01 3群4枚 設計・古川良三
Canon 135/3.5 1958/04 3群4枚 設計・向井二郎
Canon 200/3.5 1957/03 5群7枚
Canon M 200/3.5 1958/07 5群7枚
Canon 300/4.0 1960/01 4群5枚
Canon 400/4.5 1956/09 4群5枚
Canon 600/5.6 1958/09 1群2枚
Canon 800/8.0 1953/03 1群2枚
Canon 1000/8.0 1960/01 1群2枚


Topcon トプコン/東京光学機械

 旧日本帝国陸軍御用達の光学会社です。現在は医療、測量分野の光学製品を作っています。墨を含んだ筆で描いたようなふくよかな表現に含蓄を込めた深みを湛えています。

 トプコンが製造した多くのレンズ群の中で傑作とされているのは一眼用の58mm f1.4です。究極の標準レンズとして称揚する人もいます。これをコシナが復刻し、今でもノクトン銘で販売しているものがそれに該当するようです。かつて繁栄した光学会社の傑作が現代に蘇ったので、中華圏では「鳳凰瞳」と呼ばれています。

Topcor 35/2.8 1956/12 4群6枚オルソメター型
State 50/3.5 テッサー型
Simlar 50/3.5 テッサー型
C.Simlar 50/3.5 テッサー型 コート
Topcor 50/3.5 テッサー型 沈胴以外にレオタックスK型用、F型用もある
Topcor 50/2.8 3群5枚ヘリアー型
Topcor 50/2.0 5群6枚ウルトロン型
Topcor S 50/2.0 ガウス型 当時からズミクロンを上回るとさえ言われた
Topcor S 50/2.0 鏡胴はf1.8と同じで光学系は以前のf2.0とは異なる
Topcor S 50/1.8 ガウス型
Simlar/Topcor 50/1.5 1950 4群7枚
Topcor 50/1.4 試作
Topcor 90/3.5 トリプレット型
Topcor 135/3.5 3群4枚


Leotax レオタックス/昭和光学精機

 レオタックスはライカコピーで主にトプコールを付けていましたが、以下のものもありました。

Letaner 50/3.5
Leonon 50/2.8
Leonon 50/2.0


Ricoh リコー/理研光学工業

 理化学研究所で開発された感光紙を製造するために戦前に設立された会社です。普通こういった会社というのは利権があるのでそのまま本業だけ営むケースが多いと思いますが、リコーにはどんどん打って出る文化があるようで、大戦前夜に作られた「護国」というライカコピーには苦労し、距離計を付けられませんでしたがそれでも市場に投入しました。戦争が始まるのを予感していたのかと思わせるネーミングにも同社の先見性が表れています。戦後、同社の社員は社外に打って出て営業を盛んに行い、驚異的な販売網を構築したことで知られています。

護国 Anastigmat 50/3.5 1939 護国には距離計がないので本レンズも連動せず トリプレット
GR 21/3.5 1999/03/26 6群9枚
GR 28/2.8 1997/06/20(クローム2000本限定) 1997/08/30(ブラック1000本限定) 4群7枚


Zunow 帝国光学研究所

 大戦中に海軍から大口径レンズの開発を要請され、その結果が戦後、民生用に結実したことはよく知られています。しかし大口径が主であれば経営は難しいでしょうね。短命に終わったのは残念です。

Zunow 35/1.7 1954/09
Zunow 50/1.9
Zunow 50/1.3 1956
Zunow 50/1.1 1954/09 前期型 5群9枚
Zunow 50/1.1 1955 後期型 5群8枚
Zunow 100/2.0 1956


Konica コニカ/小西六

 元は薬問屋だったことは、国産初の印画紙やカラーフィルムを開発できたことに大きな影響があったのかもしれません。1970年代にフジフィルムが勢力を増してくるまでトップブランドの地位を保ち続けました。

Hexanon L 35/2.0 1996 1000本限定
UC Hexanon L 35/2.0 2001/09 1000本限定 マルチコート
Hexanon L 50/2.4 1997 1000本限定 ガウス型
Hexar 50/3.5 1955 テッサー型
Hexanon 50/1.9 1955 5群6枚
Hexanon 60/1.2 1954 6群8枚
Hexanon L 60/1.2 1999 800本限定 6群7枚

以下はMマウント

M Hexanon 28/2.8 1999
M Hexanon 35/2.0 1999
M Hexanon 50/2.8 1999
M Hexanon 50/2.0 1999
M Hexanon 50/1.2 2001 2001本限定


Honor 瑞宝光学精機

 オーナー35で有名です。当初は小西六のレンズを使い、後に以下の自社製を製造。

Honor 50/2.0
Honor 50/1.9


Monilta ミノルタ/千代田光学

 コニカに次ぐ古参の会社です。創業者の田嶋一雄が一代で築き上げた大企業です。父が経営していた商社から日本商品旅商団に参加し中近東や東欧を訪問した後、1928年5月に商団から別れて単身ベルリン、パリへ向かい、パリでは仏国通商支配人で同郷の日疋誠の案内で幾つもの工場を見学し、その時にSOMの高精度の光学兵器を見て光学に興味を持ったとされています。帰国後、2人のドイツ人に勧められて1928年11月11日に「日独写真機商店」を開業したのがミノルタの始まりです。

 ライツは自社で生産していたレンズ以外の社外品も少数ですが、ライカ正規品として認めたことがあります。初期のシュナイダー クセノンが最初のもので、同社では他にはスーパー・アンギュロンもあります。戦後の混乱期には物資の不足からライツ・アメリカがウォーレンサックに発注した3本のレンズがあります。R型カメラのズームレンズには仏アンジェニューから供給を受けていました。しかしライツの銘と他社のレンズ銘を平行して使ったのはミノルタ製のみでした。あるものは同じものがズミクロンとロッコールの銘で販売され、別のものはエルマーとロッコールでした。これらは現在でも高く評価され日本製がドイツ製に劣らないことを示しましたが、ライツ社は買収劇を繰り返すなどで迷走し、現在ライカ社の製品となったレンズはほとんど日本製です。

G Rokkor 28/3.5 1998 2000本限定 5群5枚 TC-1のレンズと同じ
M Rokkor 28/2.8 5群7枚 ミノルタCLE用
Rokkor 35/3.5 1958/05 テッサー型
W Rokkor QF 35/1.8 1958 ガウス型
M Rokkor QF/M Rokkor/Summicron C 40/2.0 1973/11 ガウス型 ライカ/ミノルタCL用 QFの刻印があるものは前玉3枚がライツ製、以降はすべてミノルタ製
M Rokkor 40/2.0 ミノルタCLE用
Rokkor 45/3.5
Super Rokkor 45/2.8 1947 3群5枚 前群3枚貼合 別名「梅鉢」
Super Rokkor 50/2.8 1955/07 45/2.8の改良
Super Rokkor 50/2.0 1955/07 6群7枚ガウス型 Summicron 50mmのデッドコピー
Super Rokkor 50/1.8 1957 5群6枚ガウス型
Super Rokkor 50/1.4
Super Rokkor 85/2.8 1948/10 3群5枚
M Rokkor/Elmar C 90/4.0 1973/10 ライカ/ミノルタCL用 4群4枚変形エルノスター型 生産はライツでミノルタでは銘リングを取付けたのみ ライツ設計
Rokkor 90/4.0 ミノルタCLE用 ミノルタ設計製造
Tele Rokkor QE 100/3.5 1958 4群5枚エルノスター型
Tele Rokkor 110/5.6 1948 2群4枚
Tele Rokkor 135/4.0 1949 3群4枚テレフォト型


Pentax ペンタックス/旭光学工業

 日本で最初に一眼レフを製造したことで有名です。

SMC Pentax L 43/1.9 2000 2000本限定


Olimpus オリンパス/高千穂製作所

 1919年の創業時から医療機器の会社で現在でも世界屈指の技術力を持っています。顕微鏡の製造から始まったことはツァイスやライツと同じなので、同社もそれに倣ったとされています。

Zuiko 40/3.5
Zuiko C 50/3.5


Fuji 富士フイルム

 戦後カメラの製造を始めた比較的後発の会社ですが、フィルムは高く評価され、それを活かした「写ルンです」やデジタル時代になっても人気が衰えない「チェキ」を販売するなど、社名に「フイルム」と冠しているに相応しい製品を送り出しています。フィルムメーカーの作るレンズは非常に繊細ですが、フジノンも非常に優秀とされており、現在ではハッセルブラッド用ツァイスレンズをOEM製造しています。

Fujinon 35/2.0 1954 5群7枚
Fujinon 50/2.8
Cristar 50/2.0 1948特許出願 ガウス型
Fujinon 50/2.0
Fujinon 50/1.2 1954 4群8枚変形ガウス型
Fujinon 100/2.0 1954


Yashica ヤシカ/八洲光学精機

 カメラ製造会社で、レンズは富岡光学器械製造所からのOEM。現在は両社とも京セラ。富岡光学はライカやコダックのOEMをしていたことでも知られています。

Yashinon 35/2.8
Yashinon 50/2.8
Yashikor 50/2.8 4群5枚
Yashinon 50/2.0
Yashikor 50/2.0
Super-Yashinon 50/1.9
Yashinon 50/1.8
Super-Yashinon 50/1.8 ガウス型
Yashinon 100/2.8
Super-Yashinon 135/2.8


Tanack タナック/田中光学

 元は光学機器用アクセサリーを作っていた会社でしたが、1953年にライカコピー「タナック」を発売し1959年に倒産しました。

W Tanar 35/3.5
W Tanar 35/2.8
Tanar 50/3.5
Tanar 50/2.8
Tanar 50/2.0 1955
Tanar 50/1.9
Tanar 50/1.8
Tanar 50/1.5
Tele-Tanar 135/3.5


Chiyoca 千代田商会

 商社で製品はライゼ光学のOEM。チヨカカメラで有名です。

Hexar 50/3.5 1951 小西六の引伸レンズを購入して鏡筒を交換したもので、距離計のカムや被写界深度の表示がいい加減 1955年に発売された本家とは別物
Lena QC 50/3.5
Reise QC 50/3.5


Alta 三鈴光学工業

 チヨカを作っていたライゼ光学の技術者が独立して「アルタ」というライカコピーを短期間製造していました。

Altanon 50/3.5 1957
Altanon 50/2.0 1957


Komura コムラー/三協光機研究所

 安価なサードパーティ製レンズのメーカーでした。ライカマウントでは標準レンズを用意していなかったようです。最初は純正を買った顧客が他の焦点距離のレンズを求めようと思った時に資金繰りのために安価なものに流れるといった需要を狙ったものだろうと思います。

W Komura 28/3.5 1963
W Komura 28/2.8 1961のカタログに掲載されたが実際に販売されたか不明
W Komura 35/3.5 1956
W Komura 35/2.8 1958
W Komura 36/1.8 1963 極めて短期間のみ製造
Komura 80/3.5 1955
Komura 80/1.8 1958 4群5枚
Komura 105/3.5 1955
Komura 105/2.8 1958
Komura 105/2.5 1964
Komura 105/2.0 1960
Komura 135/3.5 1955
Komura 135/2.8 1960
Komura 200/4.5 1960 専用ファインダー付

 オリジナルの「テレボックス」「ペンタボックス」用のレンズで、これらは厚みが48mmなのでライカのビゾフレックスII,IIIを使う場合は8mm厚のスペーサーを入れれば使用可能。

Komura 200/3.5 1960
Komura 300/5.0 1960
Komura 400/6.3 1961
Komura 80/3.5 1961
Komura 500/7.0 1960
Komura 800/8.0 1961


Acall 共栄光学

 コムラーとほぼ同じ製品で、三協光機から独立したメーカーです。

W Acall 35/3.5 4群5枚
W Acall 35/2.8 4群6枚
Acall 80/3.5 3群3枚
Acall 105/3.5 3群3枚
Super Acall 105/3.5 3群3枚
Acall 105/2.8 4群4枚
Acall 135/3.5 3群4枚
Super Acall 135/3.5 3群4枚
Acall 250/4.0 3群4枚 距離計連動


Avenon アベノン光機

 コムラーから独立した阿部さんという人が作っていたレンズです。

Avenon Super Wide 21/2.8 1994/04 6群8枚
Avenon 28/3.5 1982 4群6枚
Avenon MC 28/3.5 1992 絞り6枚 マルチコート採用
Avenon New 28/3.5 1997/04 絞り10枚 コートを改良
Avenon P.H. 21,28/125-250 ピンホールレンズ


kajiro Optical 上代光学研究所/サン光学

 1939年7月、上代斉(かじろひとし)によって創業されましたが、1941年にカメラ製造の制限強化に直面して対策のために五城光機製作所を新設し、旧工場と商標権を国策精工に譲渡しました。戦後北今泉に工場の一部を移して「サン光機」と改称しカメラ、レンズの製造を始めました。

Xebec 50/2.0
Sophia 50/2.0
Prominar/Sola 73/3.5 最初はProminar銘で販売していましたがおそらく興和のレンズと商標が重なることに気付いたため銘を変更したと思われる
Prominar/Sola 75/3.5 最初はProminar銘で販売していましたがおそらく興和のレンズと商標が重なることに気付いたため銘を変更したと思われる
Xebec Telephoto 90/4.0
Sola 90/4.0
Telephoto 135/3.8
Telephoto 135/3.5


Miranda ミランダ/オリオン精機産業

 黎明期のジェット機やロケットの開発に関わった技術者で創業。品質が非常に優れていたことで知られています。

Wide Angle Alfa 35/2.8 1952
Supreme 105/2.8 ミラーボックス「ミラックス」A型とベローズ「フォーカベル」が必要


Arco アルコ写真工業

 創業者の加藤繁は小学時代からヴェスト・ポケット・コダックを使い、中学でも写真研究会に所属するなど光学好きでしたが、戦後に工場を作って自ら光学製品の製造に乗り出しました。「アルコ35」で有名です。

Colinar 85/2.0 1954/02
Tele-Colinar 135/3.8 1952/01


Kenko ケンコー

 アクセサリーでよく知られた会社です。ライカマウントはありませんが、ソフトフォーカスのレンズを幾つも販売しています。

Pin Hole 28/140
35/175
50/250
クローズアップシステム 50/8.0 接写用固定焦点0.3倍 トリプレット


Kowa 興和

 総合商社で「コルゲンコーワ」などの医薬品で有名です。現在でも野鳥観察用のスコープを製造しています。

Prominar 35/2.8 ガウス型
Prominar 100/2.0 3群6枚 ゾナー型
Prominar 200/2.8 4群5枚 テレフォト型


Yasuhara Factory 安原製作所

 ファブリスで「安原一式」「秋月」2台のレンジファインダーカメラを製造し、レンズは江西鳳凰光学からOEM供給を受けていました。

MC Yasuhara 50/2.8 2001
MC Yasuhara 30/2.8 2003


Media Joy メディアジョイ

 カメラの販売店ですが、オリジナルのアクセサリーが多数あります。

MJPH28 27.8/92 2002 ピンホール
メディアJソフト 90/2.8 1999 単玉ソフト エルマー90mm用の鏡筒を代用 絞りは5.6と11のユニットを使う


Miyazaki Optical 宮崎光学

 マウントの改造を個人でされている方がレンズの製造も行っています。限定生産で一モデルずつ販売していきます。

MS-MODE-S 50/1.3 2006 4群5枚ゾナー型
MS-MODE-AH APOQUALIA 50/3.5 2009 3群5枚ヘリア型
PERAR 35/3.5 2010 トリプレット型
PERAR 28/4.0 2012 トリプレット型
SONNETAR 50/1.1 2012 4群5枚ゾナー型


Cosina コシナ

 ツァイスのライセンスやフォクトレンダーの商標権を取得してレンズを製造しています。

Ultra Wide Heliar 12/5.6 8群10枚 距離計連動非連動有り
Ultra Wide Heliar 15/5.6 6群8枚 距離計連動非連動有り
Ultra Wide Heliar 15/4.5 6群8枚
Color Skopar 21/4.0 6群8枚 距離計連動非連動有り
Ultron 21/1.8 11群13枚
Color Skopar 25/4.0 5群7枚 距離計連動非連動有り
Snapshot Skopar 25/4.0 1999/02/01 5群7枚 距離計非連動
Color Skopar 28/3.5 5群7枚
Ultron 28/2.0 8群10枚
Ultron 28/1.9 7群9枚
Color Skopar 35/2.5 2000 5群7枚
Ultron 35/1.7 1999 6群8枚
Nokron Classic 35/1.4 6群8枚 コートは単層と多層が有る
Nokron 35/1.2 2003 7群10枚
Nokron Classic 40/1.4 2004 6群7枚 コートは単層と多層が有る
Heliar 50/3.5 3群5枚ヘリアー型 2002年ヘリアーレンズ発明101周年記念600本 2009年ベッサシリーズ10周年記念600本
Color Skopar 50/2.5 2002 6群7枚
Heliar Classic 50/2.0 2006 3群5枚ヘリアー型 フォクトレンダー創立250周年記念
Heliar 50/2.0 2009 3群5枚ヘリアー型 ベッサシリーズ10周年記念600本
Nokron 50/1.5 1999 5群6枚
Nokron 50/1.1 2009 6群7枚
Heliar 75/2.5 1999 5群6枚
Heliar Classic 75/1.8 3群6枚ヘクトール型
Apo-Lanthar 90/3.5 2001 5群6枚

 リスト上がすべてフォクトレンダー Voigtlanderブランドで発売されたもので、以下はツァイス Zeissのライセンス生産です。

Distagon T* 15/2.8 2005 9群11枚
Distagon T* 18/4.0 2007/08/29 8群10枚
C Biogon T* 21/4.5 2007/06/27 6群8枚
Biogon T* 21/2.8 7群9枚
Biogon T* 25/2.8 7群9枚
Biogon T* 28/2.8 2005/10/17 6群8枚
C Biogon T* 35/2.8 2008/04 5群8枚
Biogon T* 35/2.0 6群9枚
Planar T* 50/2.0 2005/01/15 ガウス型
C Sonnar T* 50/1.5 2006/06 4群6枚ゾナー型
Tele-Tessar T* 85/4.0 2009/03 3群5枚ヘリアー型
Sonnar T* 85/2.0 2007 6群6枚


コラム

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