無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

フランスの品格が導き出した3つの表現8

フランスレンズの濃厚な美について - 2012.12.12


アンジェニュー アルパー 50mm f2.9
Angenieux Alpar 50mm f2.9

 アンジェニュー AngenieuxのZ2はたいへんレアです。Z3,Z5は時々あるのですが、Z2となるとアルパも含め、これを付けるカメラの方もかなりレアなものしかないということもありますし、アルパユーザーは裕福なのでレンズは全部を収集したがります。それで結構発見自体が難しいレンズです。しかもノンコートもあるとあってはそれぞれ個別にはもっと少なくなりますが、こういう状況なので、ある日ノンコートの方を偶然eBayで見たので驚きました。アルパー Alpar 50mm f2.9です。

 しかしコート有りのアレパー Aleparがすでにありますので要りません。$1から出品されていたということで、どこまで価格が上がるのか気にしていましたが、その傍ら僅かずつ入札もしていました。たいへん人気があり、すぐに誰かがトップに入れ替わりますが、その度に私は僅かだけ値を上げ放置するという暇人的なことをやっていました。他に本命があってその面倒を見ていたので、ついでだったからです。しかし参加者らは私をサクラと勘違いし、私を罠に嵌めてトップに出し、そのまま終了させました。出品者は激安落札への怒りのためか評価をつけませんでしたが、私も不要だが安ければ売れば良いぐらいの感じで、すべての関係者が誰もハッピーにならないという奇妙な展開で終了しました。こういう経緯で引き取ることになった本レンズですが、サクラに勘違いされたのではないかというのは後からよくよく考えての推測で、本当に欲しい人がたくさんいたわけですから申し訳なかったような気がします。とりあえず落札したものは買わないといけません。

 そこでライカ距離計連動に自作で改造し、試しましたところ、やはりノンコート、魅力が半端ないのではないかということで売りに廻さず残留決定となりました。こういう経緯で本稿では前稿のコーティングタイプと比較できるという興味深い比較ができることになりました。改造後にしばらく放置していた本レンズですが、ある日、あまり雪が降らない北京で珍しく少し積もったので、これは逃す手はないということで早速、什刹海に出向いて撮影して参りました。前稿同様、調整済みの画を掲載していきます。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 赤い提灯
アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 凍った池と孤島
 まず散景からです。遠方は肉眼で確認しても霧で霞んでいますが、レンズの方も白膜が出るので、両方の特徴が混ざり合って絵画的な情景が得られています。繰り返しますが、調整済みでこの状態です。以下も同様です。もちろん改造部分の内部反射は完全に処理してあります。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 白い屋根
 霞具合は距離と関係ありません。明るさで表出度合いが変わってきます。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 赤い玉と鳩
アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 椅子とテーブル
 明るい部分の霞と暗い部分の明瞭さは、かなりの落差がありますので、混在する画はなるべく避ける必要があります。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 枝
アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 船
アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 古代の建築物
 遠景でもその特徴は同じで、この3枚の画はすべて下の方が暗くなっていて、上は明るく絞まりがありません。この対称が活かせるなら良いですが、それはなかなか難しいと思います。普通、屋外では日当と影が混在していますから構図選択が厳しくなってくるのは間違いありません。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 ホットヨーグルト
 酸奶というのは、ヨーグルトのことです。北京はヨーグルト専門店が多く、主に王朝時代の宮廷のレシピを使いますが、熱くしてあるのは珍しいと思います。シャッターチャンスを逃しそうだったので焦りからピントがはるか後方に行ってしまっているのがわかります。暗い部分と明るい部分が混在し、明るい部分は天然と人工光の両方がある複雑な環境です。しかしこれはピントさえ合えば成功した構図だったかもしれません。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 休息
 こちらも右が明るく霞み、左の室内は比較的明瞭です。この画は構図のバランスが悪いと思います。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 シルエット
 極端な明暗の使い方としては、これは有りかもしれません。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 郵便局
 室内の人工光は金平糖のような輝きがあります。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 人力車
アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 スターバックスコーヒー
 光量が少なければ、明瞭な画を得るのも可能ではあります。しかし描写に硬さはなく、独特の表現があります。

アンジェニュー Angenieux アルパー Alpar 50mm f2.9 傘と雪
 傘の下に光源が見受けられます。明瞭ですが、傘より上は霞んでいます。夜は結構はっきりと写りそうです。この二面性はポートレートで使ったらちょうど良いのではないかと思います。基本的には光を構図全体で一定に保ち、明るめにしてソフト・フォーカス的に使うのはどうでしょうか。なかなか良いような気がします。顔に暗い部分を作って陰影をつければより印象的な画になりそうな気がします。

 アルパのリストの中でこのレンズが特殊な位置付けではないかというお話は前稿でいたしました。初期アルパのラインナップの中では、ポートレート用のレンズとしては同じアンジェニューの75,90mmが使えましたからそれでいいんじゃないかとは思いますが、エルノスター Ernostar型を採用したこれらのレンズはシャープです。アルパ4型以降はキノプティックを加えるなどの動きからポートレート用のレンズには一定の関心を払っていたと思われるので、軟調が欲しいという意識は始めからあったような気がします。それがどうもこれのような気がするのです。しかしソフト・フォーカスは(いつの間にかZ型をソフトと決めつけてますが)すべての写真家が求めるものではなく、一部の撮影家は撮影対象が決まっているゆえに必要とし、或いは興味本位で裕福な人が買う程度に留まると思います。ただでさえ高価で販売が伸びなかったアルパにおいて売り上げリストの最下位あたりを彷徨うことになれば、100本も売れなかったのではないかという気がします。それがアルパ4型以降に消えた原因であれば残念です。

 このアンジェニュー アルパー或いはアレパー Z2 50mmを「50mm」ではなく「ソフト・フォーカス」と位置付ければアルパ4型の境目前後で50mm標準レンズは3種とすることで方針が統一されていたことになります。4種から1種減らしたわけではないことになります。初期型アルパでは、アンジェニュー S1が高級標準レンズでこれが4型以降にマクロ・スウィターに入れ替わり、シュナイダーとデルフトは残留ということになるだろうと思います。そしてアンジェニュー Z2はキノプティック100mmに入れ替わったのかもしれません。キノプティックはソフトフォーカスではありませんが、ポートレート用になると思います。こうしてどこのメーカーもソフトフォーカスはラインナップからすぐに消えていく傾向があるような気がします。(このアンジェニューのトリプレット型のレンズをソフトフォーカス、或いはポートレート用と見なす見解の補足として"3枚玉" は何の為にあるのだろうかもご覧下さい。)ベルチオのレンズでも1本だけトリプレット型を見ましたが、これもたいへん濃厚な霧に包まれていましたので、フランスレンズにおいては確立されていた設計論だったのかもしれません。

 そこで前稿のコーティングタイプに戻ってみますと、コート有りの方がより明瞭な画が得られています。それでもこれを標準の50mmと見なすのは苦しいように思います。デルフト、シュナイダーとは比較できません。ノンコートのレンズは求心力が強い代わりに融通が利かない弱点もあります。撮影パターンが制限され、様々な撮影状況に対応しにくいところがあります。そこを改善する方向になったのが、コート有りのZ2であって、その脱皮を象徴するためにレンズの名称も変更した可能性があります。そうであれば、キノプティックに至るプロセスがZ2コート有りということになります。改良が進んで一段ずつ高められていった、その過程を見渡した後にノンコートのZ2を振り返っても、その強い個性には、ただ古いというだけで切り捨てられない、換えが効かないと思わせる程の十分な魅力があります。

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