無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

エルマー35,50,90,105mmを比較する1

オールドライカ・エルマーレンズの描写について考察します - 2012.07.04


 ガラスには屈折率と分散率というものがあります。これらは互いに両方を満たすのは難しく、値の高いものは製造困難です。幾何光学の黎明期においてはもちろん高性能なガラスを得るのは難しく、レンズ設計者は様々な工夫を凝らして設計していました。ところが19世紀にエルンスト・アッベという人物が極めて高性能の天体望遠鏡を開発し、そのずば抜けた光学性能で他社を圧倒していました。彼が蛍石を使っていたことは企業秘密でした。この鉱石は分散率が驚異的に優れたものでした。それゆえ、分散率を示す値は今日でも「アッベ数」と呼ばれています。アッベは後にカール・ツァイスと組んで仕事をするようになり、ツァイス亡き後は彼の会社を引き継いで経営し様々な改革を行いました。一日8時間労働、残業手当、企業年金などの整備を行った世界で最初の経営者となりました。アッベの偉大な功績として知られているものは他にもたくさんありますが、その中の一つに、当時28歳で数学教師を目指していた一人の青年を招聘し、やがて彼を写真部長に任命したことです。パウル・ルドルフという男でした。彼は現代にまで影響を及ぼす光学上の様々な発明を行い、彼の存在を抜きにして写真レンズを語ることができない程の偉大な存在となりました。

パウル・ルドルフ設計によるウナーとプロター
パウル・ルドルフ設計によるウナーとプロター

 ここにルドルフが発明した2種のレンズ設計図があります。ウナー Unar(左)、プロター Protar(右)というレンズです。そして後にウナーの前群、プロターの後群を組み合わせてテッサーを開発しました。

テッサー
テッサー

 テッサーはこれまでにない画期的なレンズとなり、ついに人々は収差の影響を克服した高性能な "普通の" レンズをようやく手に入れたとさえ言われるようになりました。その衝撃ゆえ、他社からもコピーや似たようなレンズが発売され、これらのすべてはその個性の豊かさゆえ、今日でも貴重な資産です。テッサー型のレンズはあまりに多いのでキングスレークの本に載っているリストは完全ではないと思いますが、参考にはなると思いますので掲載しておきます。尚、下記の名称のレンズのすべてがテッサー型とは限りません。複数の設計に同じ名称を採用している場合もあるからです。

 テッサー型を逆にした設計は以下に掲載します。

 テッサーを模倣しようとした設計師の一人にライツのマックス・ベレクもいました。彼の設計したエルマーは、本家のテッサーに勝るとも劣らない名声を得るようになりました。

ベレク設計によるエルマー光学設計図
ベレク設計によるエルマー光学設計図

 絞りの位置は1,2群の間ですが、35mmのみ2,3群の間に置かれています。それ以外はレンズ間隔、曲率、直径が変わるだけで、基本的に同じです。f値は、35mm f3.5、50mm f3.5、90mm f4、105mm f6.3になります。これ以外に135mm f4.5というのもありますがこれは持っていませんので、それ以外のの4本で比べてみたいと思います。

 全体に共通するのは、軽さ、コンパクトさです。望遠はどうしても長くなるので荷物になりますが、エルマーの105mmは別名「マウントエルマー」と呼ばれ、外観が山のような円錐型ということと、登山の時にも手軽に持っていける小型レンズということでそのように名付けられていますが、望遠レンズとしては非常にコンパクトでその名の通りハイキング携行向きです。f値がかなり暗いですが、屋外で撮影する分には全く問題ありませんし、開放でもinfから25mぐらいまで測距の必要がないので、すぐにシャッターが切れる、動物など動くものでも逃さない、しかも開放絞りの味が楽しめると、かなり良いところを突いたスペックだろうと思います。それでも世間からは評価されなかったのか、製造個数の少ないレンズで4,000本にも達しませんでした。望遠を買う、というとお父さんが運動会で撮るのに使うというニーズがあるかもしれませんし、昔も大同小異だったと思われるのでその観点からもベストスペックなのですが、顧客はそこまで熟慮はしていないというのはあるかもしれません。自然撮影、運動会専用レンズで、その他の用途では使いにくいかもしれないということでは、家人を説得する場合に押しが不足し、結果として購入許可が下りないといういささか複雑な事情も想定できます。90mm f4というのがあればどうしてもその方に引きつけられてしまいます。90mmはベストセラーレンズとなり、10万本以上売り上げました。ネイチャー専門的な105mmよりも何でも使える90mm f4の方が受け入れられたのだと思います。レンズが高価なものだったことも汎用レンズを選ぶという決定に影響があったと思います。遊びとか拘りという観点からは105mmの方がおもしろいのですが、90mmのポテンシャルを考えれば、敗北もやむなしという感じです。35mm,50mmもよく支持されたようで、ライカレンズとしては安価だったということもあったでしょうし、そういうネガティブな理由よりも何より、描写が素晴らしかったということは大きかったかもしれません。

 レンズ構成、設計者が同じということもあり、35~105mmまで写りはよく似ています。基本的には35か50mmに90mmと2本持っていれば、一般ユーザーの(プロでも)システムとして十分だったと思われます。ヘクトールであれば、28か50mmに73か135mmになるのかもしれませんが、バランスが悪い気がします。28,73mmのペアでの持ち出しは、73mmがとにかく重いので、もう次からはやめようかという気になります。それと描写が28mmだけ違うので、ペアという感じではなくなってしまいます。28,50mmの組でも同じです。その後、標準レンズはガウス型に移行しましたが、それでも望遠のガウスは大きくて重いので、全体の統一感を保ちつつ適切な組み方をしようと思ったら、エルマーシリーズの存在価値はいつまでも十分にあったのだろうと思います。

 コーティングについての確認ですが、以下にて比較いたしますレンズは、35,105mmはノンコート、50,90mmはコーティング有りのものになります。そのあたりにも注目していきたいと思います。

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