無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

絵画のような描写のレンズ4

中国の水彩画と英国の油彩画 - 2013.02.12


クック エンタル 50mm f3.5
Cooke Ental 50mm f3.5

 英国レンズ繋がりで、これは油彩画のような描写と言うには無理があるかもしれませんが、クック Cookeの引き延ばしレンズ、エンタル Ental 50mm f3.5を撮影してみたいと思います。これは撮影用に作られたものではありませんから、もちろん最初はこれを撮影用に転用するなどとは全く考えていなかったのです。これを使ってイルフォード Ilfordの印画紙上に焼きますと、撮影にライカのレンズを使い、現像液にアグファ Agfaやフジ Fujiを使おうともそこには英国調の味わいが出ていたので(正確にはクック調の画でしたが)クックのレンズはこれ以外に持っていなかった状況では、どうも使いづらいとは思っていました。引き延ばしではそれに使うレンズは結果に大きな影響が避けられないようで、結局多用していたのは、撮影したレンズをそのまま引き伸ばしにも転用するという方法でした。なぜならそうすることによって撮影レンズの味わいを色濃く表現できたからです。Mレンズを使った時にはフォコター Focotarを使い、エンタルを使うのはかなり希でした。しかしこれだけ癖があるのなら、逆に撮影用に使っても結構面白いのではないかと思ってはいたのです。クックのレンズは全体的に生産数が少ないですが、テッサー型となるとさらにマイナーなので、ぜひ撮影して確かめてみたいという目的もありました。そこでヘリコイドを付けて撮影することにしました。

 撮影場所には「伝統四合院」というところを選びました。四合院というのは北京の伝統住宅のことなので「伝統四合院」という固有名詞は違和感があります。まさに北京伝統住宅の見本と言わんばかりのネーミングです。しかし観光客にはこの名称の方が分かり易いようです。什刹海の人力車が群れる観光ルートにある、おそらく観光用に特別に用意されたスポットですが、ここで撮影いたします。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 造花と木彫り
 早速、入り口から入りますと正面に木彫りがあり、造花も飾ってあります。この雰囲気は確かに中国的ですが、どちらかというと北京風ではないような気はします。構図が平面的なので特に特徴は出ていませんが、引き延ばしレンズらしい手堅さはあるかもしれません。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 綿飴
 木彫りの前まで行き、左を向くと中庭が見え、観光客がいます。奥行きのある構図なので、レンズの持ついろんな癖が出ています。後方のボケ味は、これはクックだけでなく、ロス Rossやダルメイヤー Dallmeyerにも共通する英国玉の特徴だと思います。重々しさがあります。少女は雰囲気豊かに浮かび上がっています。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 階段
 発色については、引き延ばしレンズゆえに、特別に何も足さないように気を遣っているように見えます。しかしそれよりも、階段の手すりあたりの浮き方を見ると、これはモノクロ用ではないかと感じられます。これはカラーよりもモノクロの方が美しく出る収差パターンです。レンズそのものは重量感のある総銀メッキの立派なものであって戦後のものなので、カラー用途が意図されていても不思議はないですし、事実、カラーに使ってもいいのだろうとは思いますが、モノクロの方がより引き立つと思います。つまり、これで撮影、引き延ばしもこれを使うというのがおもしろそうです。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 赤い提灯たくさん
 発色は抑え気味かと思いきや、赤は結構しっかり出してきます。提灯もボテッとした感じに写っていますから、言われないと本レンズがまさかテッサー型だとは思わないと思います。しっかり構成は確認したので間違いありません。それにしてもガウス型かなと思えるような写りです。忠実復元度が求められると思われる引き延ばしレンズですが、これでいいのかな?と心配になります。ライカレンズの個性を押しのけるぐらいなので、始めから淡泊な表現のレンズは考えて設計構想していないと思います。クックのいずれかの撮影用レンズを使って、これで引き伸ばせば結構凄いのかもしれません。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 格子と外の風景
 この「伝統四合院」つまりは伝統住宅博物館ですから、住宅にも入れるようにしてあります。人は住んでいないのでしょうか。それが一部の部屋に人が住んでいて生活まで見れるので驚きなのです。実際には見せ物ではなく、かつて見せ物だった台所を使用することにして、ガラス越しには見えるようにしてあるという感じなのです。それ以外の居住スペースは入室禁止になっていました。入れるところから、外に向かって撮影します。春節の休み期間なので結構人がいます。シルエットのようになっている格子の描写にもテッサー特有のキレは感じられないように思います。しかし英国鏡ならではの表現は感じられます。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 テーブルの縁
 住宅ですから備品が置いてあります。これはテーブルです。30cmぐらいまで寄れますので浮き彫りをできる限り近づいて撮影します。英国のレンズは別項でロス Ross エクスプレス Expresも撮影していますが、その時にも思いましたが、英国玉は意外と中国と相性が良さそうです。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 麻の巾着
 これも同様に最短距離で撮影したものです。人気の文革グッズのようですが、英語の表記も見られますのでスーベニア用でしょう。採光角度はいささかレンブラント的です。マクロで使うとかなり良いということがわかりました。それも当然、引き延ばしではこれぐらいの距離で使われますからね。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 花火
 夜間に近所を散歩します。普段は散歩しませんが、春節なので頑張って見に行きます。中国の春節では、花火や爆竹が使われます。日本では花火というと夏ですが、こちらは冬です。爆薬の量は日本では到底許可が出ないぐらい強烈なものです。しかしこの写真のものぐらいであれば日本でもあるでしょうか。これはまだかわいい方で、打ち上げ花火を個人が上げますので、まるで紛争地帯のような光景になることもあります。火の玉が巨大な爆音と共に空高く打ち上げられます。もちろん、日本の業者が打ち上げる物ほど大きくはなく、それよりははるかに小さくなりますので、あの独特の体に響く心地よさはありません。これはぜひ撮影したかったのですが、f3.5ではスピード不足なのか無理でした。毎年数百人の死者を出すという凄まじい迫力をお伝えできないのは残念です。(注:こういう時に外をうろうろするのは避ける方が好ましいです。非常に危険です。)

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 中華老子号
 若干描写が眠い気はしないでもありませんが、割と頑張ってると思います。光が一定以上に強くなると滲むようです。こういう表現も悪くないような気はします。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 韓国料理の看板
 韓国料理店の看板です。ハングルの一部分をこういう意匠に入れ替えています。この画はフラットな面を写しているので、まるでテストみたいな撮り方です。全体的に鮮明に写って良いのではないかと思います。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 百貨店の吹き抜け
 寒いので百貨店の中に入ります。春節でも無休で開店していますが、人はあまりいません。普段はいつも人が多過ぎますので、つかの間の快適さを感じることができます。人がほとんどいないので、春節の飾り付けも無駄なように見えますが、これはしばらく吊り下げているので問題ありません。散景は収差が取り切れていませんので、ボテッとした感じに写りますが、これも祭りのような雰囲気があって良いものです。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 一門
 これはマンションの階段の入り口です。つまり、一棟に階段が幾つかあれば、多くの場合、階段毎にオートロックがあります。壊れると修理はしませんので、事実上、開放となっている場合がほとんどです。治安は良いので、オートロックに関しては防犯というよりも見栄の方が大きいと思います。設備が最新の良いところに住んでいるという。だから修理の必要がないのです。もちろん少し高級なところになると修理はしますし、さらには門衛もいます。階段入り口上には通し番号が書いてあり、この例では「一门」(一門)とあって、門はドアのことです。門ではなく「単元」と書いてある場合もあります。

クック Cooke エンタル Ental 50mm f3.5 ハートマークの福
 こいつらは点滅しますので、慎重にタイミングを測って撮影することが必要になってきます。右は消えていきかかっています。春節は旧正月ですが、正月に「福」は違和感があります。福というとイメージとしては節分ですが、春節は節分なのでしょうか。そうかもしれません。ハートマークをアレンジした構想は新しい発想と思います。バレンタインにも対応済みということでしょうか。赤い金魚とのマッチングも及第点を与えても良いと思います。世間というのは行事が立て込んで真に忙しい。止めると経済に莫大な影響がありますから、増える傾向だろうと思います。


 途中でも少し触れましたが、これは引き延ばしレンズなので、マクロか近距離の撮影ではかなり良い描写を見せます。中景より遠くでの撮影を考えて作っていません。普通、撮影用レンズは基本的に無限遠で考えますが、このレンズは数mぐらいよりは先を考えていないことになります。

 どのレンズを作るにしても特性の観点からは目的はほぼ同じなので、収差図を見る限りはどれも同じように思えますが、そうであればレンズ構成によって個性が出るのはどうしてでしょうか。収差をゼロかその付近に持っていくにしてもその特性線というのは木材のように癖はあります。レンズの設計範囲内ではどれも似たようなものかもしれませんが、それをもっと延ばすと、つまりf値をもっと上げ、エレメントを大きくするなどして無理をすれば収差は非常に大きくなり、その「特性線の癖」というものが露わになります。これはレンズ構成によってだいたい決まっているので構成による癖があります。収差が露にならない常識的な範囲に抑えたものが市販されているわけですが、それでもグラフに現れない感覚的な個性が感じられるのはこの癖を内包しているからだろうと思います。

 引き延ばしレンズが最長数mの範囲で設計されたものであれば、それより遠い範囲では隠れていた収差の癖が露になった状態で放置されているということになります。そうであれば、それは英国の感性によるテッサー型のレンズというものがどういう設計思想で作られているのかを推し量る材料になります。その意味で今回の改造と撮影は興味深かったと思った次第です。

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