アルパカメラ用レンズリスト
スイス製カメラ・アルパのために製造されたレンズ - 2012.06.24
精密機械の国・スイスで作られたアルパ ALPAという一眼レフカメラがあります。アルパの製造会社・ピニオン社 Pignons S.A.ではレンズは作っていませんでしたが、欧州各国のレンズメーカーがアルパ用に豊富なレンズを供給していました。純正のレンズという概念がないようなカメラ、これも珍しいですが、アルパのコンセプトや個性的なラインナップも独特のものがありました。(ピニオン社の本業は、スイスの機械式腕時計の歯車を作るものだったようです。ロレックスとか、そういう方面です。)
おそらく見たところ、採用するレンズはピニオン社の判断で厳しく選定されていた可能性が高いと思われます。そうであれば、ツァイス Zeissが外されているという事実は興味深いものがあります。ツァイス社の方から断った可能性もありますが、レンズ専業メーカーとして積極的に他社のカメラにレンズを供給していた同社が躊躇った可能性は低いと思います。同じ大会社だったシュナイダー Schneiderは幅広く、そしてズームレンズまで供給しています。ドイツの初期の一眼レフで「ロボット Robot」というのがあり、これもアルパ同様、レンズを他社からの供給に依存していましたが、こちらはツァイス、シュナイダー共にありました。しかしツァイスは圧倒的なブランド力でシェアを制圧し、シュナイダーはそれほど売れませんでした。ツァイスの威光を利用すればアルパはもっと成功した筈です。魅力的な伝説を持ち合わせていないシュナイダー、社長が趣味の延長みたいにやってるアンジェニュー Angenieux、後発の小国で新進のデルフト Delftとやる気が見えてこないぬるいラインナップでは、当時の愛好家らも心理面で複雑なものがあっただろうと思います。事実、苦情もあっただろうと思われます。
ピニオン社のレンズ選定は光学会社に対してではなく、光学設計毎に行われていたと思われます。例えばシュナイダーの50mmであればf1.9よりも明るいレンズはあり、高級カメラとしてのアルパに装着するものとしては申し分ないスペックだった筈です。しかしそうしなかったということは、レンズの描写に対して哲学のようなものがあったということを示唆しているのかもしれません。しかも同じようなスペックのレンズを他にも幾つも出しており、商業的な観点から考えているとは思えないラインナップになっています。メーカーが違うだけで同じスペックのレンズがカタログに並んでいると意味不明に目がチカチカするばかりで消費者にはわかりにくいと思います。営業担当者は説明可能かもしれませんが、多くの消費者は的を絞ったものを提案して貰いたがります。「どれもすごくいいですよ」では納得しません。彼らはアルパを選びました。しかしレンズはそれと別に考えないといけないというのは理解されにくいのです。多くの人はニコン Nikonやキャノン Canonを買ったらニコンやキャノンの純正レンズを付けたがります。ライカ Leicaを買うということはライカのレンズが欲しいということも意味しています。これが一般消費者の思考パターンです。しかしここを読まれている一般消費者などではない皆さんはピニオン社の考えがもうおわかりだろうと思います。アルパはたいへん高価なものだったということで、裕福な文化人が使用するに相応しいのは何かという幾分ファッション的な要素も考慮しつつレンズが提案されていたのかもしれません。なぜなら、ツァイス、ソン・ベルチオ SOM Berthiot、ロス Rossなど光学界の重鎮をことごとく外し、新しい時代の表現に相応しい輝きをニューフェイスに託しているからです。
当時多くのレンズがあった中で厳選され選び抜かれたレンズ群という観点からアルパのレンズリストを見ると興味深いものがあります。もちろん、アルパのリストに入っていないライツ、英国や日本のレンズが評価に値しないわけではありません。しかしこと「アルパのコンセプト」という観点から見ると、なぜそれらがリストに入っていないのか、わかるような気がします。(アルパの最後期にペンタックスのタクマーが採用されましたが、これはコンセプトに合致していたのだと思われます。事実、タクマーは傑作であり、うちにはガラスに放射能を帯びたタイプのタクマーがあったことがあります。これは私が人生で一番最初に使った一眼用レンズでした。)購入者に対して「売れるレンズ」ではなく「使ってしばらくして良いものだということがわかるレンズ」を選んだように思えるのです。良いレンズはアルパのレンズ以外にもあります。しかし新しい表現の追求、日本製が席巻する前夜の、欧州芸術の最後の輝きの精華をリストすれば、必然的にアルパのカタログに行き着くような気がします。そういう観点からであれば、以下に並んでいるものは、無条件に盲目的にであれ「良いレンズのリスト」と解釈してしまっても間違いないと断言しても良い程です。全く格好をつけていないように思わせておいて、実は持っているものは渋いという粋な感覚を重視していたのではないかと思います。これがすなわち、アルパ用として確認されているレンズ群をリストする意義です。
EXTENSAL - アルパアルネア ALNEA4以前の古いアルパ用望遠汎用ヘリコイドで、必要な場合は記載
EXTENSAN - アルパアルネア ALNEA4以後の古いアルパ用望遠汎用ヘリコイドで、必要な場合は記載
初期型アルパのレンズ
アルパカメラとは、ジャック・ボゴポルスキー Jacques Bogopolsky(1896~1962.1.20)というスイス系ユダヤ人が設計して少量販売したボルカI Bolca I (1944年発売)をピニオン社が購入してほぼ仕様を変更することなく製品化され発売されたカメラです。ピニオン社へ売却する前にボゴポルスキーが販売したボルカに付けられていたレンズは以下のソン・ベルチオのみだったようです。初期アルパとボルカはほぼ仕様が同じなので相互に利用できます。
SOM Berthiot |
Anastigmat |
50/2.8 |
|
アルパI型、II型、III型までこの仕様のまま継続し、IV型以降は新たな設計師の元で大きく変更しレンズのマウントも変わりましたので互換性はありません。一般にアルパのレンズというとIV型以降になります。初期の古いマウントのレンズは以下です。
Delft |
Alfinar |
35/3.5 |
トリプレット型 |
Delft |
Alfinar |
38/3.5 |
専用アタッチメントA |
Angénieux |
Alitar S1 |
50/1.8 |
ガウス型 |
Schneider |
Xenon |
50/1.9 |
ガウス型 |
Delft |
Alfinon |
50/2.8 |
テッサー型, |
Angénieux |
Z2
Alpar
Alepar |
50/2.9 |
トリプレット型,3種類見つかっていますが、いずれも同じ物と思われます。 |
Angénieux |
Alsetar |
75/3.5 |
Z3,トリプレット型,EXTENSAL |
Angénieux |
Alporter |
90/2.5 |
Y1,エルノスター型,EXTENSAL |
Angénieux |
Alogar |
135/3.5 |
Y2,エルノスター型,EXTENSAL |
Kilfitt |
Tele-Kilar |
300/5.6 |
|
35mmに関してはプロトタイプもあります。デルフトの35mm広角を決定する選考の過程で幾つか候補が検討されていたのか、或いは以下のものも販売する予定だったのかもしれません。
Rodenstock |
- |
35/3.5 |
|
Angénieux |
Alcorar |
35/3.5 |
X1,テッサー型 |
Delft |
Minor |
37/3.5 |
|
以下はアルパアルネアIV型以降の標準アルパマウントレンズを列挙します。
ドイツ
Schneider シュナイダー
Curtagon |
35/2.8 |
|
PA Curtagon |
35/4 |
35mmカメラ用としては世界初のアオリレンズ |
Xenon |
50/1.9 |
|
Macro-Xenar |
75/3.5 |
|
Xenar |
75/3.8 |
EXTENSAN |
Xenon |
80/2 |
|
Tele-Xenar |
90/3.5 |
EXTENSAN |
Tele-Xenar |
135/3.5 |
|
Novoflex Xenar |
135/4.5 |
ノボフレックス仕様クセナー。レンズ上のレバーを握ると無限遠となり離すと近い距離にフォーカスされる。あらかじめ距離をセットすることができる。 |
Tele-Xenar |
360/5.5 |
|
Variogon |
45~100/2.8 |
|
Tele-Variogon |
80~240/4 |
|
Kilfitt キルフィット
Makro-Kilar |
40/3.5 |
|
Makro-Kilar |
40/2.8 |
|
Makro-Kilar |
90/2.8 |
2倍 |
Makro-Kilar |
90/2.8 |
1.7倍 |
Kilar |
90/2.8 |
専用アタッチメントA |
Tele-Kilar |
300/5.6 |
|
Pan-Tele-Kilar |
300/4 |
|
Sport-Fern-Kilar |
400/4 |
|
Sport-Fern-Kilar |
600/5.6 |
|
Schacht シャハト
Alpagon |
35/3.5 |
トラベゴンと同じ光学系 |
Altelar |
90/2.8 |
EXTENSAN,専用アタッチメントB, |
Enna エンナ
フランス
Angénieux アンジェニュー
R61 |
24/3.5 |
|
R11 |
28/3.5 |
|
R11 |
28/3.5 |
専用アタッチメントD |
Alsetar |
75/3.5 |
Z3,EXTENSAL仕様のものをアダプターを使ってEXTENSAN |
Alporter |
90/2.5 |
Y1,EXTENSAL仕様のものをアダプターを使ってEXTENSAN, |
Alfitar |
90/2.5 |
Y12 |
Alogar |
135/3.5 |
Y2,EXTENSAL仕様のものをアダプターを使ってEXTENSAN |
Alitar |
180/4.5 |
P21,専用アタッチメントB, |
Kinoptik キノプティック
Apochromat ALPA |
100/2 |
EXTENSAN仕様とそうでないものがある。専用アタッチメントD, |
Apochromat ALPA |
150/2.8 |
専用アタッチメントD, |
キノプティックは基本的に受注生産であって、顧客の希望でマウントを取り付けて出荷する方法にて販売していました。アルパ公認のレンズは上記の2本ですが、他の焦点距離のものも発注可能だった筈です。現在の入手方法は洗練されたキノプティックのリストを参照して下さい。
オランダ
De Oude Delft デ・アウデ・デルフト
Old Delft オールド・デルフト
Minor |
37/3.5 |
プロトタイプ |
Alfinar |
38/3.5 |
|
Alfinon |
50/2.8 |
専用アタッチメントA |
Algular |
135/3.2 |
EXTENSAN,専用アタッチメントB |
Alefar |
180/4.5 |
EXTENSAN,専用アタッチメントB, |
スイス
Kern Arau ケルン・アーラウ
アルプスの峰々から光が降り注ぎ、その恵みがガラスの中に結実した時に魅せる妖艶な色彩は地上のものとは思えない輝きを放ち、そしてその光は高いところへ回帰していくようなあらゆるものを超越した風格に満ちています。常識を超えた解像力で確実に対象を捉えていく様はまさに "神の目" です。
Switar |
50/1.8 |
専用アタッチメントA, |
Auto-Switar |
50/1.8 |
専用アタッチメントA, |
Macro-Switar |
50/1.8 |
専用アタッチメントB, |
Macro-Switar |
50/1.9 |
専用アタッチメントB, |
Macro-Switar C |
50/1.9 |
チノン製オートアルパ50mm f1.7の鏡胴にマクロ・スウィターのガラスを入れてコストダウンを計ったもの。M42マウントでアダプターを使ってアルパに取り付ける |
Spectros スペクトロス
デルフトが写真レンズ生産から手を引いたので、材料などを引き継いでアルフィノンの2級品のレンズの中央部だけを使う方法にてスイスで組み立てるために設立された急造会社です。アルパは高級カメラなのでこのようなレンズを、ただガラスが勿体ないからという理由で使う道理はなく、ガラスを別の安価なカメラに転用しても良かった筈です。ピニオン社はよほどアルフィノンに惚れ込んでいたと想像されます。初期のアルパレンズのラインナップを見ますとシュナイダーが50mm、キルフィットが300mmでそれぞれ1本ずつしか出していないところに、その他はアンジェニュー(5本)とデルフト(2本)のみで構成しており、広角はデルフトだけでした。この事実を見るとアルパレンズのシリーズの中でデルフトの重要度がわかります。デルフト撤退後は、50mm以外のレンズの供給も止まりましたので、それらは仕様変更することなくスイスで製造が続けられました。変更はHollandの表記をSwitzerlandに変えただけでした。
Alorar |
50/3.5 |
専用アタッチメントA, |
ポストアルパ用レンズ
スイス郵政局が郵便のカウンターを記録するために特注したポストアルパというカメラがあります。以下のレンズが知られています。アロスという謎のメーカーについてはよくわかりません。また、アルパの製造元ピニオン社が自社ブランド(OEM製造)で販売した謎のボルというポスト用と思われるレンズもあります。これだけ50mmというのも不可解ですが、製造したメーカーもわかりません。
Alos |
Alos |
35/3.5 |
焦点は0.5m固定。絞り有 |
Staeble |
- |
35/3.5 |
|
Enna |
Lithagon |
35/3.5 |
|
Pentax |
Takumar |
35/3.5 |
|
Pignons |
Bol |
50/2.8 |
|
OEM時代のアルパ
高級カメラだったアルパも安価な日本製一眼レフの攻勢には勝てず、1976年頃、ついに長野県富岡光学チノンブランド(後にコダック Kodakのデジタルカメラを生産したメーカー)に委託生産することになります。日本製アルパは2種あり、M42マウント、Kマウントがありましたが、これらのレンズもチノンから供給を受け、オートアルパ Auto ALPAの名称で販売されました。24mmから300mmまでの各種レンズを揃えていました。
その他、旭光学 Pentaxからもタクマー Takumarレンズの供給を受け、一部のレンズにはAuto ALPAとクレジットされたものもありました。15mmから1000mmまでのレンズを揃えていました。
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